【2026年最新】富士通 歴代社長まとめ|17人の系譜と実績
※本記事は2026年8月時点で公開されている情報をもとに作成しています。役職・現況は変更される可能性があるため、最新情報は富士通公式サイト(役員一覧)でご確認ください。
富士通とはどんな会社か
富士通株式会社(証券コード:6702)は1935年6月、富士電機製造の電話部門が独立する形で「富士通信機製造株式会社」として発足しました。母体の富士電機はドイツ・シーメンスと古河電工の合弁企業であり、富士通は欧州由来の通信技術を引き継いだ通信機メーカーとして出発しています。戦後は通信インフラ需要の拡大とともにコンピュータ事業に進出し、現在は国内最大級のIT サービス企業として、SI(システムインテグレーション)、クラウド、AI、ネットワーク機器などを幅広く手がけています。
2026年3月期(2025年度)の連結業績は、売上収益3兆5,029億円(前期比1%減)、営業利益3,483億円(同31%増)、親会社株主に帰属する当期純利益4,494億円(同104.5%増)と、減収ながら大幅増益の決算となりました。主力の「サービスソリューション」事業内で、成長領域と位置づける「Fujitsu Uvance*」の売上収益は前期比47%増の7,093億円に達し、中期経営計画の目標であった7,000億円を達成しています。
*富士通の「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」は、あらゆる(Universal)ものをサステナブルな方向へ前進(Advance)させるという造語
富士通 歴代社長一覧(前身企業を含む)
富士通信機製造時代から現在までの歴代トップは以下の通りです。社名変更(1967年に「富士通株式会社」へ)をまたいでいるため、代数は前身企業からの通算表記となっています。就任・退任の年月は、富士通が投資家向けに公表している「富士通データブック」(IR資料)に記載の一次情報に基づいています。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 吉村萬治郎 | 1935年6月~1942年5月 | 富士通信機製造 創業時社長 |
| 2代 | 和田恒輔 | 1942年5月~1947年10月 | |
| 3代 | 高純一 | 1947年10月~1954年11月 | |
| 4代 | 和田恒輔(再任) | 1954年11月~1959年11月 | |
| 5代 | 岡田完二郎 | 1959年11月~1970年5月 | 1967年の富士通株式会社への社名変更をまたいで在任。コンピュータ事業への本格参入を主導 |
| 6代 | 高羅芳光 | 1970年5月~1974年11月 | |
| 7代 | 清宮博 | 1974年11月~1976年3月 | |
| 8代 | 小林大祐 | 1976年3月~1981年6月 | |
| 9代 | 山本卓眞 | 1981年6月~1990年6月 | 55歳での就任は歴代最年少 |
| 10代 | 関澤義 | 1990年6月~1998年6月 | |
| 11代 | 秋草直之 | 1998年6月~2003年6月 | 富士通生え抜きの文系出身者として初の社長就任。2016年死去 |
| 12代 | 黒川博昭 | 2003年6月~2008年6月 | |
| 13代 | 野副州旦 | 2008年6月~2009年9月 | 就任約1年3カ月で辞任、後に解任の是非をめぐる騒動に発展 |
| 14代 | 間塚道義 | 2009年9月~2010年3月 | 会長が社長を兼務する形で緊急登板 |
| 15代 | 山本正已 | 2010年6月~2015年6月 | 2010年4月に執行役員社長、同年6月に代表取締役社長就任。半導体・携帯電話事業の構造改革を主導 |
| 16代 | 田中達也 | 2015年6月~2019年6月 | 事業をテクノロジーソリューション事業へ集約する改革を推進 |
| 17代 | 時田隆仁 | 2019年6月~現在 | 2021年4月よりCEOを兼任。現代表取締役社長CEO |
参照元:富士通「富士通データブック」(2017年7月版、2020年版)、富士通公式「役員一覧」
直近の歴代社長を詳しく解説
秋草直之氏(11代・1998年6月~2003年6月)
1961年に早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、富士通信機製造(当時)に入社。文科系出身ながら富士通初のシステムエンジニアとして一貫してシステム開発部門を歩み、1998年に富士通生え抜きの文系出身者として初めて社長に就任しました。就任2年後の2000年度には売上高約5兆5,000億円、営業利益2,400億円超という過去最高益を記録しましたが、その後のITバブル崩壊の影響で2001~2002年度は2年連続の営業赤字に転落し、2年間で約2万3,500人の人員削減を実施しています。2003年6月に社長を退任し会長に就任しましたが、退任後も相談役として社内で影響力を持ち続けたとされ、後述する野副州旦氏の社長辞任劇にも関与したと本人(野副氏)から指摘されています。2016年6月18日、急性心不全のため77歳で死去しました。
黒川博昭氏(12代・2003年6月~2008年6月)
1967年に東京大学法学部を卒業後、富士通信機製造(当時)に入社。1999年6月に取締役、2001年4月に常務を経て、秋草氏の後任として2003年6月に社長に就任し、5年間にわたって経営を担いました。2008年6月に社長を退任し、後任の野副州旦氏を指名したのは黒川氏と秋草氏(当時会長)だったと報じられています。
野副州旦氏(13代・2008年6月~2009年9月)―わずか1年余りで辞任
1971年に早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、富士通に入社。執行役員・常務を経て2008年6月に社長に就任しましたが、就任から約1年3カ月後の2009年9月25日に突然辞任しました。富士通の公式発表によれば、子会社ニフティの再編案件をめぐり、野副氏が関与を検討していたファンドについて複数の金融機関から好ましくない風評が寄せられ、「FUJITSU Wayに照らしてふさわしくない」と取締役・監査役が判断、当該ファンドとの関係を続けていたことが辞任の理由とされています。
もっとも、野副氏本人は2010年に入り、この辞任は実質的な解任であり、間塚道義会長や秋草直之取締役相談役らから辞任を強く迫られたと主張し、辞任の取り消しを求める通知を代理人弁護士を通じて富士通に送付しました。両者の主張は食い違ったまま対立が表面化し、最終的に富士通は野副氏を相談役からも解任する一方、秋草直之氏の取締役退任も同時に発表しています。この一連の騒動は、社長人事をめぐる内部抗争として当時大きく報じられました。
間塚道義氏(14代・2009年9月~2010年3月)
野副氏の突然の辞任を受け、会長であった間塚氏が社長を兼務する形で緊急登板しました。在任期間は半年程度と短く、後任の山本正已氏へのバトンタッチまでの「つなぎ役」としての色合いが強い在任期間でした。
山本正已氏(15代・2010年6月~2015年6月)
1954年1月11日生まれ、山口県出身。1976年に九州大学工学部を卒業し富士通に入社、OASYSの入出力装置開発やパソコン事業(モバイルPC事業部長等)を経て、2010年1月に執行役員副社長、同年4月に執行役員社長、同年6月に代表取締役社長に就任しました。就任時56歳は、山本卓眞氏(55歳)に次ぐ歴代2番目の若さと当時報じられています。在任中は半導体事業(富士通マイクロエレクトロニクス、後の富士通セミコンダクター)の分社化や、携帯電話事業の分社化など、不採算・非中核事業の構造改革を進めたことで知られています。2015年6月に社長を退き会長に就任、2017年には取締役会長、2019年には取締役シニアアドバイザーとなりました。
田中達也氏(16代・2015年6月~2019年6月)
1956年9月11日生まれ、福岡県出身。1980年に東京理科大学理工学部を卒業後、富士通に入社し、国内の鉄鋼・石油・化学業界向け営業、上海駐在(富士通(上海)有限公司)、産業ビジネス本部長代理などを歴任しました。2015年1月に副社長昇格が発表され、同年6月に社長就任。在任中は事業をコアとなるテクノロジーソリューション事業に集約する改革を推進しましたが、2018年10月の決算説明会では、就任時に掲げていた「営業利益率10%以上、海外売上比率50%以上」という目標を撤回し、新たな目標を掲げ直すなど、構造改革の難しさに直面した時期もありました。2017年にはフランスからレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章しています。2019年6月に社長を退任し取締役会長へ、2020年には富士通Japan取締役会長などを歴任しました。
時田隆仁氏(17代・2019年6月~現在)
1962年9月2日生まれ、東京都出身。東京工業大学工学部を卒業後、1988年に富士通へ入社し、一貫して金融機関向けシステムインテグレーション部門でキャリアを積みました。2014年に金融システム事業本部長、2015年に執行役員、ロンドン赴任(グローバルデリバリー部門)を経て2019年1月に執行役員常務、同年3月に執行役員副社長、そして2019年6月に代表取締役社長に就任しました。就任当時、システムエンジニア出身者の社長就任は珍しいケースだと報じられました。2021年4月にはCEOを兼任し、名実ともに経営トップとしての体制を確立しました。
在任中は、持続可能な社会の実現を掲げる事業モデル「Fujitsu Uvance(フジトラ・ユーバンス)」を推進し、システムインテグレーション事業の「人月ビジネス」からの脱却、価値・成果ベースの収益構造への転換を進めています。2026年1月には、メインフレーム販売を2030年度末で終了すると発表するなど、レガシー事業からの構造転換も進めています。一方で、2024年には子会社が納入した英国郵便公社向け会計システム「Horizon」の欠陥に起因する冤罪事件が大きく報じられ、時田氏はダボス会議の場でBBCの取材に対し謝罪する場面もありました。
富士通 歴代社長 在任期間比較(近年5代)
| 氏名 | 在任期間 | 在任年数の目安 | 主な功績・出来事 |
|---|---|---|---|
| 秋草直之 | 1998年6月~2003年6月 | 約5年 | 富士通生え抜きの文系出身者として初の社長就任。営業赤字転落を受け大規模な人員削減を実施 |
| 黒川博昭 | 2003年6月~2008年6月 | 約5年 | 秋草氏の後任として経営を継承 |
| 野副州旦 | 2008年6月~2009年9月 | 約1年3カ月 | 解任の是非をめぐる騒動により歴代でも短い在任期間に |
| 間塚道義 | 2009年9月~2010年3月 | 約半年 | 会長兼務での緊急登板 |
| 山本正已 | 2010年6月~2015年6月 | 約5年 | 半導体・携帯電話事業の構造改革。就任時56歳は歴代2番目の若さと報道 |
| 田中達也 | 2015年6月~2019年6月 | 約4年 | 事業をテクノロジーソリューション事業へ集約する改革を推進 |
| 時田隆仁 | 2019年6月~現在 | 2026年8月時点で7年目 | Fujitsu Uvance推進、メインフレーム販売終了(2030年度末)を発表 |
参照元:富士通「富士通データブック」(2017年7月版・2020年版)、日本経済新聞(2019年3月28日、時田氏略歴)、日経クロステック(2026年4月28日、決算関連)
まとめ
富士通は1935年の創業以来、90年にわたり17人の社長のもとで通信機メーカーからITサービス企業へと姿を変えてきました。特に2009年の野副州旦氏の解任騒動は、日本の大企業のガバナンスのあり方を問う出来事として今も語り継がれています。現社長の時田隆仁氏は、AIやクラウドを軸とした事業モデル「Fujitsu Uvance」への転換を進めており、2026年3月期には過去最高益を更新するなど、経営改革が着実に成果を上げつつある局面にあります。
